テンプル 騎士団−聖杯伝説

第四章

テンプル騎士団のミステリー


バフォメット

(1) 噂と告発

嫌われた偶像

 民衆の憤りはバフォメットと呼ばれる悪魔の像を崇拝しているという告発によって膨れ上がった。バフォメットはグノーシス主義の男根崇拝や意思の力に基づいたテンプル騎士団のシンボルである。両性具有の像にはヤギのあごひげと、二つに割れたひずめがあり、これは太古の角を持つ神、メンデスの山羊とつながりがあります。
 -Peter Tompkins, The Magic of Obelisks

 数名はまた、猫の形をした魔女である像を崇拝していたと告白した。それは赤や灰色、黒、まだらであった。しばしば像を崇拝するために、尾っぽの下をキスすることが要求された。しばしばその猫には、焼かれた赤子の脂が塗られた。テンプル騎士団は倒れたテンプル騎士の勇気を伝える魔術として、テンプル騎士の死体の灰を食べることを要求された。
 -John J. Robinson, Dungeon, Fire and Sword(1991)

 1308年8月12日にテンプル騎士団を尋問して作成された告発のリストは以下の様なものです:

一、 それぞれの領地で騎士団は具体的には頭部の像を、ある者は3種類、ある者は1つだけ、ある者は人間の頭蓋骨を所持していたこと。
一、 彼らは特に集会時にこれら像を崇拝したこと。
一、 彼らがそれらを崇拝したこと。
一、 彼らがそれを神として崇拝したこと。
一、 彼らがそれを救世主として崇拝したこと。
一、 彼らがその像が彼らを救済すると言ったこと。
一、 それが富を生むこと。
一、 それが木に実を付けさせること。
一、 大地に芽を出させること。
一、 それら像を紐で輪っかでつなぎ、シャツの上または直接肌に身に付けたこと。
一、 その紐は入会に際し、仲間ひとりひとりから与えられること。
一、 像の崇拝時にこれをしたこと。
一、 彼らが入会者に対して誰にもそれを見せることを禁じる誓いを強制したこと。
 -The Articles of the Accusations
東方起源?

 彼らは集会で外見的特徴についてさまざまに記述される異教の像を崇拝しましたが、それは全て「バフォメット」ととして知られるものです。語源的には古フランス語のマホメッド(Mohammed)と同じです。Mahometという形でも、裁判中の証人が1,2回使われました。過去に異端として迫害された多くの集団と同じように、彼らもまた夜、秘密裏に集会を行っていたと言われました。
 テンプル騎士団が預言者マホメッドの名を持つ偶像を崇拝する儀式を東方で覚えたということはありえません。なぜならそのような像はレヴァントのどこにも存在せず、イスマイル派やドルーズ派といった分派の中にも存在しないからです。イスラム教徒が偶像崇拝者であるというのは、西洋キリスト教世界から、東洋世界に対する軽蔑を表す中傷です。
 -Peter Partner, The Murdered Magicians

 西洋の学者たちは最近、おそらく現代の東洋文献によると思われるが、「バフォメット」とマホメッドは関係ないとしています。しかしアラブ語のabufihamet(スペインのムーア人たちはそれをブフィヒマットと発音する)の転訛に違いないと考えている。その単語の意味は「理解の父」である。アラブ語で「父」は「源、主要な席」の意味から来た。スフィー教徒の用語では、ras el-fahmat(最高の知識)は、意識の変革を受けた後の人間の知的活動を意味します。
 -Idries Shah, The Sufis

 スフィー教徒の殉教者Husayn ibn Mansur al-Hallajは西暦922年に死にました。彼は多神教信者であり、奇跡を起こしたと言われ、最も確かなことはイスラム教異端であったことです。Hallajは彼の神秘的集まりの公の記述で、神への冒涜のために囚われました。9年間の調査の後、彼は有罪を宣告され、Hallajは不具にされ、磔にされ、首を切られ胴体は火葬にされた。彼の死にまつわる物語のいくつかの中には、Caliph’s Queen MotherがHallajの頭を遺物として残したと記述しています。(Singh, 1970)さまざまなスーフィー分派が彼の死を記念する儀式を持っています。ShahはHallajがメーソン入会儀式の人物ヒラム・アビフのモデルになったと主張しました。
 中世イスラムの詩人・歴史家であるFarie al-Din Attarによると、Hallajはabu-で始まるタイトルの書を著した。テンプル騎士団がバフォメットと呼ばれる頭を崇拝していたとの告発は事実に基づくものではなく、スーフィー教徒の殉教者の処刑を記念して、彼の頭が遺物となり、彼のあだ名がabufihametであったのにちなんでいるかもしれない。ここでの唯一の問題は全ての他のabu-から始まるタイトルがHallajと結びついているにも関わらず、彼とabufihametを結びつける文書が残されていないことだ。
 -Frater Baraka, IV, “Baphomet: A ‘Mystery’ Solved At Last?”

グノーシス起源?

 もう1つの仮説はバフォメットはbaphe(洗礼)とmetis(智慧)の結合単語であるというものだ。どちらの仮説にしても、テンプル騎士団が(像を)崇拝し、また少なくとも隠された知識を知っていたことを暗示している。論者数名は、この点からテンプル騎士団がグノーシス主義者であると信じました。
 -Encounters magazine, issue 11:45


(2)あごひげを生やした頭

修道士の証言

偶像はフィリップ端麗王によって次のように説明される:

長いあごひげをたくわえた男の頭である。彼らは頭にキスをし、全ての管区の集会で崇拝する。しかし全ての騎士が知るのではなく、グランドマスターと長老のみが知る。
 1307年のテンプル騎士団の審理において、騎士Jean Tailleferは証言しました。彼の入会儀式の時、人間の顔を持つ像は、祭壇の上に置かれました。Hughes de Bureはその頭がどのようにして教会の戸棚から取り出されてきたかを述べました。彼にはそれが金または銀で作られていると思いました。そして男の頭には長いあごひげがありました。騎士Pierre d’Arbleyはその像が二つの顔を持っていると。彼の親戚のguillaume d’Arbleyは一般的な集会で見せられるコピー品とはその像は明らかに異なると指摘し、つまりそれは特別な機会に、騎士団の上級メンバーだけに見せられるということだ。
 パリ寺院の会計係、Jean de Turnは絵画の形をした頭について語り、彼はそれをある集会で崇拝した。
ほとんど全ての騎士団員は頭があごひげと、長髪であったことに同意した。テンプル騎士団は、当時の大多数と同じように、長髪を女性のものと考えていた。したがってこのため、像の髪の長さは注目すべきである。
 -Noel Currer-Briggs, The Shroud and the Grail ? A Modern Quest for the True Grail

 もっとも共通した説明によれば、像とは:

男性の頭と同じ大きさで、顔はとても凶暴であり、あごひげが生えている。
 -Deposition of Jean Tallefer
 彼はそれが赤みがかった色であったこと以外は、特にそれ以上説明できませんでした。
 -Ian Wilson, The Shroud of Turin ?The Burial Cloth of Jesus Christ?

 あるパリの儀式で、不思議な像は以下のようでした:

たいまつを持った行列の中で、司祭によって運ばれた。それは祭壇に置かれた。それは人間の頭であり、金や銀ではなく、薄暗く変色していて、テンプル騎士団のように白髪混じりのあごひげがあった。
 -Stephen of Troyes
 他の記述では、明らかに金、銀、木といった複製についてのものである。しかしパリの頭は違っていた。一人はこれがビザンティウムでの儀式にきわめて似ていて、至聖所の印象に似ていた。
 -Ian Wilson, The Shroud of Turin ? The Burial Cloth of Jesus Christ?

テンプル騎士団の紐

 尋問によると、テンプル騎士団会員が入会時に、頭と接触するための小さな紐を受け取っていたとの証言があります。

 孔雀天使(Yezidis)の修道会に入会されると、聖なる糸、黒と赤の毛糸が寄り合わされたものが首にかけられた。パールシ教や他の中近東の宗派のように、それは決して外されなかった。テンプル騎士団が異端として迫害されたとき、テンプル騎士団はそれを身に着けていることで非難された紐らしい。
 -Arkon Daraul, Secret Societies


(3) 頭に関する仮説

洗礼者ヨハネ?

 頭の像はテンプル騎士団に崇拝されたとの主張に基づいて、切断された洗礼者ヨハネの頭を表しているかも知れません。テンプル騎士団は1203-4年の第四回十字軍のコンスタンチノープルの奪還に参加しました。Robert de ClariはBoucoleon宮殿の教会の多くの遺物を記述しています。おそらくその中に洗礼者ヨハネの頭があったのでしょう。

主の肖像?

 もう1つのバフォメットの正体は、ヨハネの福音書で、キリストの埋葬にスパイスを持ってきたニコデモとともにある。彼は外典ニコデモの福音書でも、キリストを敬慕したユダヤ人議員であると書かれている。クレチアンのパルチバールの最初の続編の中で、ニコデモとアリマタヤのヨセフのイギリスへの飛行および続く興味深い段落がある。

 ニコデモは十字架の上の彼を見た日に、主に似せて頭の彫刻を作った。しかし私は確信しているが、主は彼の手をそれを形作ることを専念させ、彼らが言うように「誰も見たことがないような、およそ人の手によって作られないようなものを。ルッカにいるあなた方のほとんどがそれを知り、見たことがある。」
 -Interpolation in the First Continuation of Chretien’s Perceval

ユーグ・ド・パイヤンの頭蓋骨?

 もう1つの頭の起源の可能性は、初代グランドマスターの盾の像であり、それは金の領域に3つの頭からなっていた。200年後、この頭の像がバフォメット伝説そのものとして機能したことはありうる。数名からの説明では、頭は実際にユーグ・ド・パイヤンの頭骸骨であり、それは崇拝の対象として保管されました。
 -Forrest Jackson, “The Baphomet in History and Symbolism”

マンデリオン/トリノの聖骸布?

 この証拠[テンプル騎士団の尋問から得られた]から確かに、頭の複製はおそらくランの町の聖人像からかけ離れたものではなく、14,15世紀のノッティンガム校のこれら石を彫刻したり、石膏像のように、騎士団の家々に広く配られたものであろう。これは少なくとも、なぜ同胞の逮捕後、異教神に似せた像が見つからなかったのか、そして驚くことに教会には1つの像も見つからなかったのかを説明している。
 -Noel Currer-Briggs, The Shroud and the Grail ? A Modern Quest for the True Grail

 イアン・ウィルソンはテンプル騎士団の像は、マンデリオンから写し取ったキリストの顔をあらわしていると仮説をとなえた。現存する例としては、イギリスのTemplecombeにある絵画パネルであり、「赤みがかったあごひげを生やした男性、等身大、死体、全てに特定するマークがかけている」最も伝統的なテンプル騎士団は「板の上の絵、ひげを生やした男性、等身大、テンプル騎士団の様な白髪混じりのあごひげ」を確認できる記述である。(テンプル騎士団はキリストのようにあごひげを生やした。)
 -Ian Wilson, The Shroud of Turin ? The Burial Cloth of Jesus Christ?

悪魔の守護者?

 バフォメットの記述は様々です。バフォメットに与えられた外見的な特徴は、maufeまたは北方民話の悪魔、または教会の聖骨箱から来たようです。それらはしばしば魔女や異端と結び付けられた野獣である猫をあらわしていると言われます。
 -Peter Partner, The Murdered Magicians

尋問者:頭について話してください。
騎士RAOUL:頭。私は第七支部のユーグ・ド・ペラウドと他の人が持っているのを見ました。
尋問者:彼らはそれを崇拝するために何を行いましたか?
騎士RAOUL:このようにしていました。頭は差し出され、皆は地面の上に身を投げかけ、頭巾を後ろへやり、それを崇めました。
尋問者:頭の顔はどのようでしたか?
騎士RAOUL:醜いです。それは悪魔(maufe[邪悪な精霊])の顔のように見えました。私はそれを見るたびに恐怖に包まれ、それをほとんど見ることができませんでした。会員も皆震えていました。
  -from M. Michelet, Proces des Templiers
 像の記述に基づくと、悪魔はとても恐ろしい表情を持ち、そしてあごひげがある。像はソロモン寺院を建てた「悪魔の守護神」であるアシュモデウスにそっくりである。悪魔の守護神像は、レンヌ・ル・シャトー管区の教会の入り口にある。
 設立された場所であるエルサレムのテンプル騎士団の拠点は、1244年にイスラム教徒に攻略されました。それから33年後、勝者であるイスラム君主Baibarsが城を調べ、塔の中に立派な像を発見したこと、城はそれを守るために立てられたと記録しています。フランクによると、彼がそれに名前をつけた。「発音記号のような、読めない単語でつけてある。」彼はこれを破壊することを命じ、そこにmihrab[イスラム教の祈祷の場所]を建設した。
 -Ian Wilson, The Shroud of Turin ? The Burial Cloth of Jesus Christ?


(4) 女性起源?

CAPUT LVIIIm

我々はある種の頭に関わる秘密の儀式の告発に対して、明白な証拠を持っています。事実、尋問記録を通して、主要なテーマに頭が存在しています。パリのテンプル騎士団の領地で没収物の中に、女性の頭の形をした聖骨箱がみつかりました。この箱の上部には蝶番がつき、中には奇妙な遺物が入っていました。
  -Baigent, Leigh & Lincolin, The Holy Blood and the Holy Grail

聖骨箱にはこう記されていました。

銀メッキされた、美しく、そして女性を象徴する偉大な頭。その中には2つの頭蓋骨が白い亜麻布に包まれ、その周りには赤い布がある。それには「CAPUT LVIIIm」というラベルが付けられていた。この中の骨は、かなり小さな女性のものであった。
 -Oursel, Le Proces des Templiers

Caput LVIIIm 「頭58m」は不可解な謎のまま残されています。「m」は単なるmではなく、処女宮の記号かも知れません。
  -Baigent, Leigh & Lincoln, The Holy Blood and the Holy Grail

 もし5が五角形そして8はイシスを表していることを覚えているのなら、58という数字はそれほど謎ではありません。彼女の秘密の数を明かす方程式を完成させます。
 5×8 = 40 = 58 ? 18 ISIS
 数字の5と8はまた薔薇十字団の信仰をあらわします。薔薇は中心の5枚の花弁と、外側の8枚の花弁から構成されます。
 -David Wood, GENISIS(1986)

Atbash暗号の使用

 Hugh Schonfield博士はEssene Odysseyの中で、Atbash暗号と呼ぶ暗号体系を発見した。それはエッセネ/サドカイ/ナザレ文書の中で、ある名前を隠すために使われた。この暗号体系は、具体的にはたとえば、クムランで発見された巻物の中にありました。
 -Baigent, Leigh & Lincoln, The Messianic Legacy

 Schonfieldはヘブライatbash暗号をBaphometに適用することにより、知識の女神ソフィア[ShVPIA]が明らかになった。ソフィアはPlutarchによるとISISと同義である。
 -David Wood, Genisis

 ISISの魔力はエジプトの智神トトと結びついている。彼の妻または仲間であるNehemautはグノーシス主義者にはソフィアとして知られていました。この分析から、テンプル騎士団が崇拝していたバフォメットとは、彼らが知識の源を崇拝していたことになります。
 -Graham Hancock, The Sign and the Seal


第一章:テンプル騎士団の創設
第二章:聖杯の騎士
第三章:聖杯の物語
第四章:テンプル騎士団のミステリー
第五章:テンプル騎士団の最後
第六章:テンプル騎士団の痕跡