皆様への挨拶

あばばばば
Profile

挫折:大学時代は研究者の道を目指すも、主に経済的事情によりドロップアウト。色々仕事を変えて、時々放浪したりしながら、テキトーに生きてます。現在求職中。
無茶:家を追い出され、大学時代は研究室で一ヶ月2万円で生活。ほとんど誰とも話さない無頼暗的生活を送る。
出没:浅草、秋葉原。
研究課題:ヴォイニッチ。中世異端(グノーシス的二元論、カタリ派、テンプル騎士団、聖杯伝説)。量子力学と自由意志。コンピュータを使って言語を処理すること。レンヌ・ル・シャトーの謎。イースター島のロンゴロンゴ文字(休止中)、ネアンデルタール人の絶滅。オークアイランドの財宝。アーク。
音楽:世界でもっとも偉大なロックバンド、The Beach Boys、特に音楽的リーダー天才Brian Wilsonに深く傾倒し、自らを無頼暗と名乗る。ジム・モリソンの朗読も結構好き。日本だと中島みゆきさん。
好きな女性:渡辺真理さん、鈴木杏たん、アオイさん(ウイングマン)、ナナイ・ミゲル。美人で知的でちょっぴり気が強くて、でも優しくて頼れる年上の女性が好き。
愛用薬:エピナジオン(アレジオン後発)
好きな食べ物:蕎麦、鮨、牛乳、サラダ、ホットケーキ、フルーツ缶詰、おっぱい、ひざまくーら。
座右の銘:目的のない空虚な人生で長生きするよりも、生存のため、大義のために闘って死ぬ方がましである。(テオドア・カジンスキー)
人生に必要なものは勇気、想像力、そして少しのお金だ。(チャールズ・チャップリン)
嫌い:労働。金持ち、権力持ち。偉そうな馬鹿。『地獄の黙示録』およびカフカの『城』的カオス。この世に存在するほとんどのもの。スパゲッティー。じみへん。騒音、振動。
尊敬する人たち:ブライアン・ウィルソン。高田渡。路上生活者。寅さん。だめ連。カーナボン卿。カタリ派。
映画:オリバー・ストーン監督作品や、現代フランス映画が好き。『ドアーズ』、『ベティー・ブルー』、『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』、『髪結いの亭主』(←僕の夢)、『ニューシネマパラダイス』、『エマニエル夫人』、『バッファロー66』、『ボーリングフォーコロンバイン』、『リリィ・シュシュのすべて』、『ごめん』、『ライムライト』。
休みの日のすごし方:掃除・洗濯→自転車→温泉、読書。とにかくまた〜り。
夢:南フランスに移住。インディー・ジョーンズ。聖杯やアークの発掘。
駄目:無頼は駄目じゃないよ!
神:不可知。自称カタリ派。
欲しい:3000万円。ビジーンで、優しくて、ボインで、清楚で、頭のいい奥さん。新しいパソコン。
 

真理を追究した大学生無頼:

    人一倍知りたがりの無頼は、人格が壊れるほど勉強した後、大学に入りました。今まで学校と名の付く全てのものを嫌ってきましたが、全てが驚きでした。若さ故でしょうか、無頼は研究をすれば全てのことを知ることができると信じていくようになりました。こうなると女の子になんか目もくれません。
    1. 無頼は小さい頃から知りたかった神の存在/非存在証明に取りかかりました。真理への路は無数にあるようでした。無頼は生物学を専攻していましたので進化論に興味がありました。もし神が生物を創造したのなら、進化から証明できるかもしれない。今でもダーウィニズムが本流ですが、当時無頼は「大腸菌の方向的突然変異」や「人類水生説」なるアヤシゲナ領域に足を踏み入れました。
    2. 量子力学のエレガントさに驚愕を受けた無頼は、量子力学のパラドックスやペンローズの自由意志と量子力学に惹き込まれました。(未だに決着が付いていません。)
    3. また大学の微積分に取り憑かれた無頼は、「無限とはなんぞや?」と真剣にとりくみ、無限こそ神の実体ではないか?と信じたこともあります。
    4. またシオランなどに出会い、強烈なペシミズムと、真理はカタリ派二元論にあるに違いないと確信したこともありました。
    分かると思いますが、こうなると一般の世の中が非常に馬鹿らしくなり、女の子も、就職もどうでもよくなってました。きっと一時的な「羊憑き」の状態に陥ったのだと思います。それからだんだんと誰とも話すことはなく、講義を一人一番前で聴き、洋服は一ヶ月着替えることなく、毎日死ぬことばかりを考えてました。こうして無頼暗が誕生したのでした。

    でも、あるちょっぴりヘンテコでかなり物好きでとっても素敵な女の子が無頼を井戸の底から救ってくれました。そのおかげで現在まで続く、生きる無頼があるのです。


 皆様こんにちは。ヴォイニッチ手稿の研究ページを運営している高橋です。大学時代は生物学を専攻していました。現在は生きていくため、食うためにリーマンしてます。その興味の始まりは小学生の時に読んだコリン・ウィルソンの『世界不思議百科』でした。世界にはこんなに不思議なものが存在しているのかという驚き・興奮を今でも覚えています。その最後にこう書かれていました。「ヴォイニッヒ古文書は今もこのエール大学で眠っている。いつかは現れるはずの暗号破りの大天才の霊感を待って……。」

 すぐに実際にそれを見てみたいと思いましたが、そのときはもちろんどう手に入れたら良いかも分かるはずもなく、その後中学・高校と日々の忙しさもあって興味から離れていました。しかし大学に入ってようやく時間的・経済的な余裕もでてきまして、やっと研究できるようになりました。僕が大学に入ったときは丁度インターネットブームの始まりと重なっていました。インターネットの発達は情報の入手を容易にしました。本当にいい時期に巡り会えたと思っています。もしE-メールが使えなかったら、イェール大学にマイクロフィルムのコピーを申請するのも大変だったでしょうし、こうして皆様にページで発信する手段すらなかったでしょう。そうして世界が近くなるにつれて、日本人であることの不利な点もまたひとつ減っていきました。

 ヴォイニッチ手稿の研究を始めて今年で5年目に入りましたが、現在は研究より仕事が優先です。
この問題は調べれば調べるほどごちゃごちゃと分からないものがでてきて、それがまたさらなる謎を呼びます。これが「世界で最もミステリアス」であるといわれるゆえんですが、様々な説が入り乱れ、例えコンピュータ解析をしようと、言語学者が調べようとなにひとつ確かなことは出てきていない現状です。何から手を付けて良いのか分かりません。ただ一つ言えるのは今までおこなわれてきた通常の方法では謎は解けないだろうということです。

 ヴォイニッチ手稿に関係して、その歴史的背景、ルドルフ朝、ジョン・ディー、ロジャー・ベイコン、カタリ派、薔薇十字団などを調べているうちに最近ではそちらの方にも興味が出てきまして、多少それらについてもページの中で紹介しています。まあ今は焦る必要もなく寄り道しながらヴォイニッチ手稿のミステリーに迫ろうではないか、という気持ちでやっております。

 夢がなくなるようですが、解読されてもおそらく大した事実は出てこないと思います。1960年にヴォイニッチ手稿が売り出されたときのキャッチフレーズは「解読されれば100万ドルの価値」でした。(ちなみに売り出し値は16万ドル)今までにも何人もの暗号解読のプロ達が時間を無駄に費やしてきました。今現在でも世界中でヴォイニッチ手稿の研究が行われています。どうして僕はこんなものに足を踏み込んでしまったのかな?無駄な試みに終わらないことを祈っていますが、どうなることやら。

注意です: このページに興味を持たれた方は自由にリンク張って下さい。(カウンターの関係でトップページにお願いします。)リンクの報告は特に不要です。この他にもたくさんのミステリーがこの世には残されています。そんな研究を学究的に行っている方がいれば是非お知らせ下さい。

 ただし僕は、このヴォイニッチ手稿を真面目な研究としてやっていますので、Web上にたくさんあるオカルトのページとは質の異なるものであるということをご理解下さい。このページにあるような宗教や秘密結社についても歴史的には興味はありますが、個人的には興味はありません。UFOや宇宙人の存在は信じていませんし、オーパーツなどもでっち上げもしくは何らかの説明が付くものだと考えています。

 そして僕自身もいつも自由に資料を活用できればとは思うのですが、そしてそれがインターネットの利点でもあるわけですが、著作権にはご注意下さい。僕自身も資料の大部分は翻訳の許可を頂いただけであり、それ以外でも引用の範囲を超えないように気を付けています。無断引用は避けて下さい。

最後に

 このページを運営するに当たって多くの方にご尽力頂きました。なかでもJohn Deeの研究者である坂口勝彦氏には私の知識不足に対し、絶えずご助言を頂きました。ほかにも激励のメールを下さった方にもこの場を借りてお礼を申し上げます。


これまでの歩み

1989年(小6)

『世界不思議百科』を読みヴォイニッチ手稿に感銘を受ける。このときすでに将来のヴォイニッチ研究を運命付けられていたと思います。
(それ以前にも学研『ウータン』でヴォイニッチ手稿に関する記事を読んだような気もするのですが…。どなたかご存じでしたらお知らせ下さい。)

(しばらくの間ヴォイニッチに関する興味から離れる。)
同じクラスの竹井さんに人生初の告白(私も好きーみたいな手紙もらう。ウシシ)

1996年(大1)

大学生になり、時間的経済的な余裕ができたこともあり、暖め続けてきたヴォイニッチに関する研究を始めようと決意。時はパソコン、インターネットブーム。

7月
インターネットで「voynich」を検索し、世界中に研究者がいることを知り驚く。それまでは「voynich」のスペリングが分からず、現在は廃刊になってしまいました『ボーダーランド』の編集部の方に調べていただきました。

10月
イェール大学図書館付属ベイニックレアブック図書館にヴォイニッチ手稿のマイクロフィルムを申請し、手に入れる。

1997年

3月1日
このページの開始。
R. Shandさんにページの翻訳許可を頂き、ヴォイニッチ手稿のページを作ることを決意。なんと一ヶ月で1000回ヒットを数えるもカウンターが壊れる。

(少しずつ更新を重ね、内容を増やしてきた。その間もたくさんの人からメールを頂き、こんなにもヴォイニッチ手稿に興味がある人がいたのかを知りうれしくなる。今までにメールを頂いた数は30人を超えます。)

6月
VOYNICH@STUDY.CLUBのメールアドレスをでっち上げ、それ以後、別に会員もいないのにヴォイニッチクラブを自称(?)

10月
ヴォイニッチ・メーリング・リストで知り合った留学生のホセさんが日本にいることを知り、ヴォイニッチ手稿について話し、11月15日の講演によばれる。

11月
カウンターの再設置。
りえちゃんに出逢う。人生初めてのでぇと。(最高)
ホセさんの講演が行われた。

1998年

3月
今回の更新では、以前指摘を受けた翻訳の手直し、そしてカタリ派に関する内容を加える。

8〜9月
多少の手直し。win98環境ではさらに特殊フォントの表示が上手くいかない。2ヶ月間transcriptを行うが、予想以上に時間がかかり、半分程度完成させる。トランスクリプションには結局一日7〜8時間、半年間という膨大な労力を費やし完成させました。

11月22日
Voynich Manuscriptの全ページのtranscriptionを終える。初めての完全transcriptionであり、またYale copyからの初めての、そして権利を侵害しないことを認められたtranscriptionでもある。

11月25日
私のtranscriptionをメーリングリストに公開。多数の方からお祝いの言葉をもらい、ますますこの問題に取り組もうと決意。

1999年

2月20日
Voynich Supplementary materialsのうちA, BそしてEのマイクロフィルムを手に入れる。どうやって見ようかはいま思案中。

3月10日
私自身の、そして皆様の利便性のため、5000回ヒットを機にヴォイニッチ掲示板を設置。

5月
『THE VOYNICH MANUSCRIPT -AN ELEGANT ENIGMA』の翻訳出版権を購入。翻訳を始める。

7月 Brian Wilson来日コンサート

9月 胃の手術。ああ、それ以来ご飯がおいしくないよぅ。

12月23日
『THE VOYNICH MANUSCRIPT -AN ELEGANT ENIGMA』の翻訳を終え、ネット上で公開する。

2000年

2月
大学卒業に伴い、ヴォイニッチの研究を一時停止。
私のヴォイニッチへの興味はまだまだ終わっていません。
寿司屋さんで3ヶ月働く。

5月
無頼(=私)の奇跡的サラリーマン化により、研究を一部再開。
食っていくためとはいえ、仕事は単なるヴォイニッチ研究への障害でしかない。
ペースをつかむまで、研究はあまり進めることはできません。恋と人生は焦らずですな。

7月1日
独自ドメインvoynich.comを取得し、引っ越す。

2001年

1月
某大学研究者より、「Voynich研究はまともな学問でない」との認定を受ける。
C大言語修士落ちる。(涙)

4月
みーな様と会社帰りオテテ繋いでいちゃいちゃ。人生初、女の子と手を繋いで街をお散歩。(嬉)

12月
レンヌのミステリーページを作る。フランス行ってみたいなぁ。でもいつ仕事辞めるか分からないんじゃ、お金使いたくないのぅ。

2002年

1月 T大言語情報修士落ちる。(涙)

2月 Brian Wilson来日コンサート

5月
小学6年生のときからの夢であったレンヌ・ル・シャトーを訪問する。実現まで12年かかりました。
出版社辞めてバイオベンチャーへ転職。ドキュンだった。(涙)

10月
えみたんと初で・ぇ・と。仲良くなっちゃうよ〜。(好きな人と初めてのチュウする。)

2004年

1月
自動車免許取得(゚听)イラネ

7月
ゆーちゃんと遊園地デェト

9月
会社辞めてレンヌ・ル・シャトー再訪問。テンプル騎士団の影を追って、スコットランドロズリンチャペル訪問

2005年

1-3月
夜勤バイトさんしつつ、翻訳
三奈子さんと焼き肉デェト

4月
レンヌ・ル・シャトーの財宝伝説』出版
サラリーマン復帰

9月
会社辞めて、Yale大学バイネッキ図書館に行く。オーク・アイランド訪問。

10月
四国一周自転車旅行する。

11月
塾のセンセして、とりあえずエチオピアへの旅費稼ぎ

2006年

3月
正統と異端 第一巻:異端カタリ派』出版

7月
二原理の書』出版

11月
塾のセンセ辞める。

11月-01月
フィリピンの英語学校に通う。

2007年

1-2月
エチオピアエジプト訪問。

3-4月
またまたフィリピンの英語学校に通う。楽園みたいなところ。
フィリピーナ、エミリンたんとデェト
フィリピーナ、ミリアムたんとデェト

5月
騎士団の本の制作のため、フランスマルタを訪問。

6月
チャリダーの夢、北海道一周達成。

8月
正統と異端 第二巻:テンプル騎士団とヨハネ騎士団』出版
翻訳の会社で働き始める。


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