Robert S. Brumbaugh

 Robert S. BrumbaughはYale大学の中世哲学の教授であり、1930年代にヴォイニッチ手稿に興味を持ち始め、H. P. Krausにより手稿がYale大学に寄贈されると、それを見てみたいという衝動に駆られた。(Brumbaugh 1975, p. 348) 彼はまたO'Neillが絵の中にアメリカ大陸原産の植物を特定した(1944)ことにも印象を受けた。BrumbaughはSpeculum (1974)誌上にミステリーの解読を報告する論文を掲載し、「f75の星図」で行ったと同じように、薬草セクション中の植物の絵に付いているいくつかのラベル(名前)を読んだ。(1975, p. 348) 彼はまたページの最後、「鍵」となる文字列の中に、Roger Baconの名前を見つけたとも言った。彼は手稿を、皇帝ルドルフ2世に多額の金を出してもいいと思わせるように作られた、贋作であると考えた。
 Brumbaughは完全な解読にはさらに多くの研究が必要だろうと言い、「占星術セクションや、いくつかの植物、そして全文章をサンプルとした頻度の研究を行えば、私の解読が正しいことが分かるだろう。」と主張する。(1975, p. 348) 彼はf116vの文章と同じくらい、f1r, 17r, 49v, 66r, 76rの余白、そしてf57vの第二環に書かれた「鍵」となる文字列を多用した。Brumbaughによればこれらのいくつかは故意に入れられた罠であるが、しかし解読する際の助けにもなる。Brumbaughはf116vの文章が、それ以上の説明はないのだが、「普通の13世紀の暗号」により暗号化されていることに気づいた。(1975, p. 350) 彼はこれを、f1rの左右の空欄に書かれた文字列から、2つの通常のアルファベット"a"が"d"に対応している単純置換暗号であると気づいた。この暗号を使い、さらに綴り換えることにより、f116vの一部分"MICHI CON OLADA BA"から"RODGD BACON"を得た。(Newboldはこの同じ文章の始まりを"MICHI...DABAS MULTAS...PORTAS"と読んだことを記しておく。)この方法によって、ルドルフお抱えの学者が簡単に名前が「埋め込まれている」ことに気づき、結果として手稿がRoger Baconの著作ということに騙され、興味を持つようになっていると主張した。
 Brumbaughはf66rの右下空欄に書かれた単語や文字が「手順」の組み合わせと考え、これら「手順」は「数を文字で置き換える」ことによってある記号と他の記号を同じものと見なせると主張する。彼はこの例をいくつか載せている。(1975, pp. 350-351) これら彼の説明は十分であるが、残りの「手順」についてはさらなる説明がないと、私には謎が残る。これら「記号の同一視」を使うこと、そして植物のラベル(名前)を再生する(彼は"pepper"の中の"p"や"e"、"papaver"の中の"pa"の文字の繰り返しパターンを利用して、「推測し当てはめる」)ことで、彼は4×9の対応表を作る。彼に言わせればこの表は「普通の錬金術師や、占星術師が使う暗号で、良く知られたもの」に似ている。(1975, p. 351) そして彼はf116vの中に「quadrix(4) nonix(9)」という単語を見つけ、これが4×9構造を指していると考えた。図26はBrumbaughが復元した暗号表である。
  Brumbaughの主張では、全てのヴォイニッチの記号が数字の0〜9を表している。(または1〜9。もし0に役割があったとしても、彼の論文にははっきりと書かれてはいない。)この暗号化には、初めに4×9の表を使い、文字を数字に置換し、アルファベットの文字を1-9に分解、次にそれらの特定を避けるために、それぞれのいくつかの異なる風変わりなデザインの数字の中から選んで置換するという2段階の操作がある。デザインは「近代、古代の数字、ギリシャ、ラテン語の文字、いくつかの筆記体の寄せ集め」から選ばれた。記しておくべきことは、この過程においては、ヴォイニッチの文字にも、元の文章にも多くの異文が含まれる。解読にはまず初めに、ヴォイニッチの文字の中で様々な形を持つ一つの数字を判読し、次にその下に対応する2,3の平文を選択し、書く。これが単語となるには、それらの選択肢の中で、発音可能な文字列を選んだときである。
 この方法をf116vのある部分に適用した例で、手順を説明しよう。Brumbaughはこのページの混ざり合った文章から、8つのヴォイニッチの記号の並びを選び出した。このすぐ後には、彼が高地ドイツ語として読んだ「valsch ubren so nim ga nicht o」という句が続き、それを「上のは偽物だから使うな。(the above is false so do not take it.)」と翻訳した。この8つのヴォイニッチの記号は、彼が作った対応により、数字と見なされる。(彼はこれをほんの限られた形でしか、論文中に説明していない。)彼が得た数字は「0 2 0 2 7 3 3 9」であり、これに4×9の表を使って、2,3の同じ価を持つ平文が割り当てられ、彼は以下のような物を作り上げた。
 
 

0 2 0 2 7 3 3 9
A B A B G C C I
J K J K P L L
V R V R Y W W -US

 彼は発音可能ないくつかの選択肢(AKABYLLUS, ARAKYLLUS, AKARYCCUS, URUBYLLUS, ARABYCCUS, etc.,)から「ARABYCCUS」を選び、これは暗号がアラビア数字が基になっていることを示していると考えた。彼の初めての論文(1974)の中では、彼は薬草セクションの植物ラベルから得られた、他の方法の例をいくつか紹介している。多くの場合、発音できる選択肢は限られているので、この理論は信頼できるものである。
 Brumbaughが解読によって作り上げた平文は、彼によれば「ラテン語を基にした人工言語であるが、それに強く縛られるものではない。綴りは音に基づく曖昧なものである。いくつかの句は単なる繰り返しが挿入されただけである。」さらにこの解読の問題点として、「上の暗号鍵は8ページごとに僅かに変化する」(1975, p. 354) Brumbaughはもっともらしく、その暗号は現代の軍用には向かないが、その曖昧さは当時習慣的に魔術、占星術、錬金術の文章に使われていたと主張する。
 Tiltman (1975)はBrumbaughの理論に関し批判的なコメントを出している。「手稿が贋作であるとの考えは、彼のオリジナルではない。私はすでにそれを1951年に、あって欲しくない可能性として主張している。彼は全てのアルファベットの記号は様々な形をした数字であり、鍵は一つの数字をいくつかの文字へ置換する表で与えられる。例えば、それぞれの数字は2,3の文字を表している。これは全て曖昧で、正しいとされるには、さらに多くの文章を確認し、証拠としなければならないが、彼はその証拠をほとんど示さないので、私は全く納得できないままである。記号が様々な形をした数字であると考えたのはBrumbaugh一人ではない。すでに何度も提案されてきたものである。」
 私がBrumbaughの発表された2つの論文を詳しく調査した限りにおいては、彼の理論は、彼が提出した証拠を見た限りでは、もっともらしいものである。彼の主張は、他のどの解読者よりもマニュスクリプトから観察できる現象や、歴史的に知られていることに基づいている。私は困難な試み2つとして、できる限り多くの、様々な数字の形を彼の論文中や、短くそして、しばしばなされる彼の暗号の記述から推測できる限り復元してみた。私がこのようにして得た対応表の断片から、私はいくつかの植物のラベルや、疎らに書かれた短い文章を解読しようと試みたが、その結果は様々であった。その多くは意味のないものであり、いくつかはラテン語、もしくは偽ラテン語のようにも思えた。(もちろん文章の繰り返しから期待されるように、)その多くはとても良く似たものである。この過程はある人を騙すのにはもっともらしいが、満足させるには十分ではない。図26は私の推測により、Brumbaughの様々な9×4の行列表の再現を試みたものであり、それと彼の植物ラベルの解読の例である。
 Brumbaughの新しい論文は、Journal of the Warburg and Courtauld Institutes, University of London (1976)に掲載されている。この論文の中でBrumbaughは、自分の最近の研究が、解読が正しいことをさらに証明したと述べている。
  -M. E. D'Imperio, The Voynich Manuscript: An Elegant Enigma

図26
Fig 26